どんなに下手でも、楽器を演奏することの方が、音楽の感想文、作曲家の人生や演奏家の
活躍状況のような付帯的事実を日本語で書くことよりも絶対に偉大なことです。
音楽評論家が、過去から未来に渡って、ずっと作曲家や演奏家等アーティストの寄生虫で
あることは自明のことですが、かつて ショパンが生きていた当時活躍していたホエシック
という音楽評論家は、ショパンのバラード2番の第一主題について 「結局、これは、
すみれと金木犀の匂いに満たされたさわやかな朝の情景に違いない。」と言ってみたり、
ショパンの バルカローレOP.60の再現部の変二音について、「この変二音はキスの音に違いない。」
等という意味不明な評論を書いて 音楽評論家を称していたのですから、盗作行為を主たる
業務内容にしているコピーライター以下の情無い職業です。 だから、音楽評論家は全員、
自分の職業は情無い社会的存在意義の全くないものだけど、他に出来ることもないので、
生活のためにやむなくやっているのだ、という卑屈な姿勢を貫かないといけない義務が
あることを忘れてはならないのです。