>>460
お約束の物です。
http://rapidshare.com/files/45723551/__12522___12473___12488___12288___12509___12525___12493___12540___12474___31532___65297___30058___12
数時間置いておきます。

上を読んで思ったのですが、音って言うのは「どういう音か」であることと「どう感じるか」が合わさって
「聴いている音」になるはずです。
こう言う言葉を使って申し訳ありませんが、たとえばまったく同じ声、同じテクニック、すべてが同じ歌を歌える人が2人いたとき、
もしその二人が容姿に恵まれない人と絶世の容姿を持つ人であったら、おそらく多くの人が後者のほうが良い歌声に、
ほんの少しだけでも感じてしまうと思います。
人間って言うのは事前に知っている情報や知識などで物の感じ方が代わるものです。
例えば金属棒をこすり合わせて「小鳥の鳴き声だ」といえばほとんどの人が心地よく感じ、
「金属棒です」と言えば多くの人がストレスを感じます。
その逆もしかりで、個人差がありますが「金属棒だ」と言って小鳥の声を流すとストレスを感じる場合も多い。
で、たとえば僕なんかは「フジコは特別な音がする」と言われても、それが物理的にどういうテクニックによって、どういった
ピアノ、ピアノのセッティングによって、どういった事前の情報やイメージによってそう聴こえるのかがわからないと
いまいち納得できません。
「フジコの人間性が出ている」と言われても、なんだかスッキリしません。
しかし上で述べた金属棒のケースでもわかるとおり、事前の情報が感じ方まで変えてしまうとすれば
それも含めて音と考えることもできます。少し現代音楽っぽい話題ですが。

ベヒシュタインといえばホルヘ・ボレットが思い浮かびます。
僕の勝手なイメージではベヒシュタインはハープのような、透明な「ポーン」って感じの音が出るイメージがあります。
実際僕はフジコの演奏は店で流れているものをしばらく聴いていたくらいでちゃんと聴いたことはないのでえらそうなことは
言えたものではありませんが。
フジコ好きの人がシフラのポロネーズなどを聴いてどう感じるかが興味あります。