>>497
ふと思い出したが、
昔ERATOの企画で「空想の音楽会」っていう、中世シャルトル大聖堂のミサとか
フリードリヒ大王時代のサン・スシーの音楽会とか、場所と年代をある程度限定
してその時(時代)のその場所で演奏された(であろう)曲を集め曲集のシリーズが
あった。その企画自体の時代考証とか歴史的妥当性云々はおいといて、今の
ピリオド・アプローチってのが何となく作曲家主体なんだが、ある国あるいは地域
における音楽受容史とか演奏史にフォーカスしたピリオド・アプローチってのは
邪道なのかな?