また、日本は戦争中の教育の後退が響き
戦中を生きた音楽家は、絶対音や音色の質を聞き分ける能力が「かなり」危ない人も多かった。
矢代秋雄もパリ音楽院でジョリヴェに「こいつあかんわ」と一喝されたとか。
(事実矢代の卒業作品は、音楽院では不可をもらい、落第!)

そのような事情を考えると、打楽器出身でプローベを盗み見してまで
指揮者になろうとした努力一代の人生は、ある程度は評価されるべき。
自分の周りに、政治力を持つ作曲家に囲まれた運の良さもあるが。