最近、既成の言説に価値観を左右されることなく、カラヤンを
聴くことができるようになりつつある。
以前、私は「カラヤンのレガート多用が気持ち悪い」とこのスレ
に書いた者であるが、単に生理的に受け付けられないからダメ、
というのではその人の芸術を正当に評価したことにはならないで
あろうから、カラヤンの演奏スタイルに耳が慣れるまで、若干の
忍耐を自らに課したのである。

さて、いかなるゲテモノと言えども、慣れてくれば案外平気になる
ものである。こうして言説的・生理的先入見を排した上で改めて
私が聴いたカラヤンの音楽は、肯定的なものとしてに響いたの
であった。