どの程度本心かはわからないが、シュトレーゼマンの本によると、
カラヤンは「もし自分に作曲する才能があったとしたら、
ショスタコーヴィチのような曲を作曲していたと思う」と語ったことが
あったそうだ。
実際は10番しか演奏しなかったが、それでも10番を初めて取り
上げたのは、BPOとソビエトへ演奏旅行に行き、作曲者本人の前で
演奏した時より何年も前のことだったから、ソビエトへ演奏旅行に
行くことをきっかけにして10番をレパートリーにしたわけでは
なかったことは間違いないと思う。
内的欲求から取り上げた作品だったろう。

マーラーに関しては、むしろ外的要因からレパートリーに入れて
いった感もある。
ただ、大地の歌だけは、作品を知った時にかなり興奮して、その
素晴らしさを語ったそうだから、強い共感を感じていたことは
間違いないと思う。
晩年の9番への執着も、やはり同様に強い共感があったろう。