>>172
>カラヤン時代から変わることを求めたのはベルリンフィル自身だったのは明らかだ。
それはフルトヴェングラー亡き後のベルリンフィルも同じだった。
つまり、音楽監督の交代により自ら進化しようとするのがベルリンフィルの伝統なのだ。
(それが進化だけではなく多くの喪失をももたらしているのだが・・・)

そう、その通り。
んで、もうおまえが答えまで出してるじゃん。
進化した部分に関しての「魅力」よりも、失った(いや、特にカラヤンから
アバドへの交代時に関しては、「積極的に捨て去った」と言ったほうが
いいかもな)ものの大きさに対しての「無念さ」が勝っている人もいる、
ということよ。
少なくとも、俺はそう。

それと、今のBPOが「ダメになった」とは思わないけど、かつての
BPOよりも、他のメジャーオケとの差が縮まったのは、間違いない。
それは他のオケが上手くなったということも理由としては大きいと
思うけど、BPOも何か気を入れ直さないと、今のままではその差は
今後さらに縮んでいくように思われる。

カラヤンとBPOが到達したサウンドは、カラヤン以外には無理よ。
「ったく今のBPOときたら、情けねーオケになっちまったな」と思っても、
カラヤンと到達したあのサウンドと「まったく同じ音」を後任に期待して、
そう感じてるわけじゃない。
ただね、かつてあれだけのサウンドに到達したオケだからね、そこは
やっぱり忘れてほしくないなと、そういう歯痒さみたいなのがあるわけよ。