俺は昔、作曲をしていた。ジャンルはジャズともクラシックともつかないものだったが、すぐ行き詰まって、3分以上の曲がなかなか書けなくて、煮詰まってくる
そういう時、ヒントをもらうため、モーツァルトなんか聴くと、毎小節ごとに、発想のヒントや示唆があって、宝の山を見るようだった
それに比べるとチャイコやドヴォは、やっぱりしょせん人間がじたばたしてる、という、努力や汗の跡が、ふしぶしに見えるようで、モーツァルトとは比べ物にならない、と感じていた
クラシック作曲家の本を見ると、だいたい顔写真にしても、同じぐらいの大きさで載っているので、同じぐらいの作曲家という感じがするが、
もし実力を反映させるなら、モーツァルトの写真は1ページにどーんと載せて、ドヴォやチャイコは、学級写真の休んだ人が左上に写ってるぐらいの大きさでいいと思う
幼稚園と大学ぐらいの差、あるいは、人間と神様の差ぐらい、あるような気がした
当時は、そう思っていた。もう作曲をしなくなった今は、そういう視点を失ってしまったが