演奏家がいろいろ個性を入れても、その個性が楽曲に適したものでなければ、
また演奏家自身の個性に人を惹きつけるものがなければ、換えって凡演になる。
とはいえ賛否両論の演奏家がいてもいいんじゃないの。

ベートーヴェンに嫌われた、ブリッジタワーというヴァイオリニストのエピソード
あたりで、作曲家こそ「神」で、演奏家は楽譜に尽くすべきだ、という考えが基礎づけ
られてきたのだろうけど、作曲家は作曲家の、演奏家は演奏家の論理が
あっていいと思う。

どう弾いたらヴァイオリンという楽器の魅力が広がるかを
理解しているのは、作曲家でなくて、演奏家の方だ。ポルタメントのような
技法が廃れたのも、演奏家の理屈を軽視する風潮故ではないか?

作曲家の地位が低下したのも、「神」になるのはハードルが高すぎるから
ではないか?