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京都賞、今年を含め計22回の、思想・芸術部門の受賞者を一瞥すれば判ると思うが、
思想・哲学、諸芸術から建築なども含めた広範囲の候補者から選定される。
たしかに、音楽関係者がかなりの比重を占めていることは確かだ。
ただ、これまでの顔触れに較べると、フィッシャー・ディーカウやブレンデルは<
所詮単なる演奏家に過ぎないのではないか。
小澤も勿論論外だろう。
ブーレーズの目は無くもないと思うが、
作曲・指揮・教育分野での業績がどのように評価され、他の候補を凌駕するものがあるか否かだろう。
いうまでもないが、受賞者は現存者に限られ、また団体への授賞はない。
(例外として、第一回のノーベル財団への特別賞の事例はある)