モーツァルト総合 KV6
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0261名無しの笛の踊り
2006/05/29(月) 12:48:53ID:Jyd3U3Xe同意です。
以前は、前から小林秀雄の著書を読んでいながら
「(モツの後)音楽の世界に言葉が入ってきた」とか「失語症の天才」
という言葉がどういうことを言っているんだかあまり分からなかったんだけどw
最近この板を読みながら、モーツァルトの曲の特性について考えるようになって
ようやくどういうことなのか掴めてきた。(ロマン派との、曲のタイプの
違いが、モーツァルト理解の一つのキーワードだろうか。)
>例え下手ですが、言語で見る(認識する)以前の「世界」を現した作家の
>「言語」に近いものだと思います。作家の世界を見るためには、読み手にはその言
最近、モーツァルトの曲のこういう要素について考える時、
数年前に仏教関係の本で読んだ、「分別世界」と「無分別世界」というのを思い出す。
前者は自我や言語的意識により捕捉されている世界、それと実体を指しつつも
そういうので分別されてない、語弊あるだろうけどイデア界のような領域が、後者らしい。
モーツァルトの曲の曲想は、意識や自我のツールである言語で捕捉できない少なくとも
捕捉し切れないようなものが表現されている所があるから(作曲者の意図はともかく)、
そこが魅力でもあり、分かりにくい所でもある。
質が高く充実した明るさとか、我の世界を超えたスケールの大きさとか
哀しさを帯びつつも人間の精神のうちの深い所の琴線に触れるような所とか。
勿論、音楽それ自体としての魅力があって、
非常に精妙でありながら「作りました」という感じでなくさり気ない所がすごい。
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