スペインのジプシーは別種の音楽を持っているわけだから、共有物というか「ハンガリー独自のものを取り込んだジプシー音楽」というのが実態だと思う。
だから、カールマン(コダーイと同期)のころには、ハンガリー側からも自国音楽として積極的に評価しようという立場もあったんじゃないかな。
ただ、リストのころにこれを「ハンガリー狂詩曲」と呼ぶのは許しがたい偏見だったろうね。
もうかたっぽのブラームスもやはりドイツ人だし、シュトラウスも(先祖はハンガリー系との説があるとはいえ)数代続いてのウィーン子。
リストも生前は別に英雄視されてたわけでなく、ハンガリー人を自称するヘンなガイジンでしかなかったと思う。
楽壇のドンだから表立って逆らえなかっただけで。