アントニン・フルックナー(1739-1811 ボヘミア)
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0034名無しの笛の踊り
2006/04/26(水) 02:11:57ID:zL9LuFPOにも熱心であったことにやはり嫌悪感を抱いていたようであるが、とは言え
1780年代のフルックナーの書法には、モーツァルトやハイドンからの明らか
な影響が見られ、またそれを自分のものとして消化しようとする苦悩の跡が
認められる。
83年、郷里で長年闘病を続けていた母ハナが死去。短期間の内に最愛の妻と
母とを失った彼の精神はますます脆弱さを増すが、作曲の筆が止まることは
なく、相変わらず月平均5〜6曲、多い時には月10曲というペースで曲を書き
続けた。また、病んだ精神は彼の生まれ持っての飾りの無さや時に頑迷とも
言える自己への真摯さとも相俟って、辛辣に過ぎる他者への批評や誇大妄想
的な虚言となって、親しい友人達との間でさえしばしば衝突の種となった。
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