病の母を単身郷里に置き去りにしてきたという極度の罪悪感から、成熟した
女性との交渉を持てなくなっていた彼は、39歳で、街の雑貨屋で知り合った
17歳の娘ジュリエッタと結婚。控えめで聡明な彼女は、常に音楽のことが
頭を占め片時も五線紙と筆記用具を放さなかったアントニンに忍耐強く連れ
添ったが、81年、ふとした病から生来どちらかといえば虚弱であったこと
もあり20歳で死去。その後フルックナーは10代の少女への恋慕を幾度も抱く
ことはあったが二度と結婚をしなかった。
82年、ある演奏会でモーツァルトの音楽を知る(おそらくピアノ協奏曲K.382
かK.414)。しかし彼は、この天才の音楽について「快活で流麗だがわたし
とは目指すものがあまりにも違いすぎる」とだけ書き記し、さほど興味も
感慨も示した様子は見られない。