アントニン・フルックナー(1739-1811 ボヘミア)
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0013名無しの笛の踊り
2006/04/05(水) 01:41:29ID:KOe7rN//ガスマンと交友を結ぶ。この時ガスマンからグルックを紹介されるが、すで
に器楽作品の作曲を人生の仕事と考えていたフルックナーは、当時オペラの
改革を成し遂げんとしつつあった彼を「退屈な歌芝居ばかり書くオペラ馬鹿」
と評したと伝えられている。
イタリアからウィーンへ帰った直後、父スデニェク危篤の知らせを受け、
ボヘミアへ帰郷、以後父が没するまでの約5年間を郷里で過ごし、父と、心労
を重ねた母との看病をしながらもなお作曲に励む。父母の世話により自身も
心を病み、次第に精神を蝕まれていったようである。この頃の作品には、
交響曲などの他、弦楽四重奏などの室内楽も夥しい。
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