アントニン・フルックナー(1739-1811 ボヘミア)
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0001名無しの笛の踊り
2006/03/32(土) 18:50:18ID:YxJqJyotについて語りましょう。
0004(*゚д゚)、ペッ・ヨンジュン
2006/03/32(土) 21:00:57ID:h1gRtjTQ4様(σ´∀`)σゲッツ!!
0005名無しの笛の踊り
2006/03/32(土) 21:11:22ID:5IBiQIEq( ゚д゚)
(つд⊂)ゴシゴシ
(;゚д゚)
(つд⊂)ゴシゴシ
_, ._
(;゚ Д゚)
ほらよ、釣られてやってぜ?
0006名無しの笛の踊り
2006/03/32(土) 21:18:40ID:zfBhDG5L753 名前:名無しの笛の踊り[sage] 投稿日:2006/03/32(土) 18:29:53 ID:YxJqJyot
おやすみ前には弦楽四重奏通しで聴く
マーラー交響曲第10番
403 名前:名無しの笛の踊り[] 投稿日:2006/03/32(土) 18:49:09 ID:YxJqJyot
ブルックナーの交響曲第十番とかはどうだろうか
【RVW】ヴォーン=ウィリアムス【RVW】
435 名前:名無しの笛の踊り[] 投稿日:2006/03/32(土) 15:53:21 ID:YxJqJyot
ボールトの全集って二種類あるらしいですが
EMIの安い箱の奴は、新旧どちらでしょうか?
それじゃないほうの全集って見ないのですが…どこからでているかとか分かりますか?
437 名前:名無しの笛の踊り[sage] 投稿日:2006/03/32(土) 16:21:16 ID:YxJqJyot
>>436
レス本当にありがとうございます。
大変参考になりました。
0007名無しの笛の踊り
2006/03/32(土) 21:54:08ID:ztO0FKHJ137 :名無しの笛の踊り :2006/03/32(土) 16:58:32 ID:YxJqJyot
ブルックナー交響曲第12番のスレ立て手もいいですか?
138 :名無しの笛の踊り :2006/03/32(土) 17:55:47 ID:wKo4w5Yf
>>137
アントニン・フルックナー(Antonin Fruckner 1739-1811 ボヘミア) だろ?
古典派スレでやってくれよ
139 :名無しの笛の踊り :2006/03/32(土) 18:32:23 ID:YxJqJyot
そうそう
彼は5000もの交響曲を遺しているからね
なんで誰もギネス申請しないんだろう
マラ3ですら載ってるのに。
なんなんだこの流れ
0008名無しの笛の踊り
2006/03/32(土) 21:55:00ID:YrzXD+hBhttp://music4.2ch.net/test/read.cgi/classical/1140402657/
0009名無しの笛の踊り
2006/04/02(日) 16:48:11ID:78rV84Pq0010名無しの笛の踊り
2006/04/03(月) 18:53:07ID:f6V0CU52/ 7/⌒)))ヽ、_
/ ’ / //```´ー―ヽ
/ / /ソ l)
l ; ミ` 、,.. {
{^、 '''ー-ハ,,,,,、、 y`i
l l `==; l l==、,_ 'ノ
l ヽ  ̄ノ ヾ- ‐‐ イ
,l/,_ `/`-、,-'ヽ / ,|
//////〃""ヾヾ、 'ヾミ
l/ノノノ/‐===-ヾヾヾ、
,.ィ'´//ノ///ヾヾ//ヾヾヾヾ `ヽ、
―' ´ ´´´´``川川/川川ヾヾヾ `ヽ、
アントニン・フルックナー[Antonin Fruckner]
(1739-1811 ボヘミア)
0011名無しの笛の踊り
2006/04/04(火) 00:04:53ID:XEAEmgHt近郊に、小官吏の父ズデニェクと母ハナの間の一人息子として生まれた。
音楽好きの両親の影響を受け、幼少の頃より音楽に親しみ、故郷で5歳から
チェンバロを、翌年からヴァイオリンを学ぶ。天才のひらめきはないものの、
地道な努力で演奏テクニックや音楽性を身に着けてゆくタイプであったと
伝えられている。45年頃より独学で弦楽合奏のためのシンフォニア等の作曲
を試みる。
62年、23歳の時により本格的に音楽を学ぶためウィーンへと上り、同郷である
ヴァンハルとの知遇を得たことにより、ヴァンハルの師であったディッター
スドルフに作曲を師事し、ディヴェルティメントやカッサシオン、交響曲など
多数の作品を生み出す。
(おそらく続かない)
0012名無しの笛の踊り
2006/04/04(火) 00:09:39ID:XEAEmgHtちなみにフルックナーとヴァンハルとディッタースドルフは同い年。
0013名無しの笛の踊り
2006/04/05(水) 01:41:29ID:KOe7rN//ガスマンと交友を結ぶ。この時ガスマンからグルックを紹介されるが、すで
に器楽作品の作曲を人生の仕事と考えていたフルックナーは、当時オペラの
改革を成し遂げんとしつつあった彼を「退屈な歌芝居ばかり書くオペラ馬鹿」
と評したと伝えられている。
イタリアからウィーンへ帰った直後、父スデニェク危篤の知らせを受け、
ボヘミアへ帰郷、以後父が没するまでの約5年間を郷里で過ごし、父と、心労
を重ねた母との看病をしながらもなお作曲に励む。父母の世話により自身も
心を病み、次第に精神を蝕まれていったようである。この頃の作品には、
交響曲などの他、弦楽四重奏などの室内楽も夥しい。
0014名無しの笛の踊り
2006/04/05(水) 04:29:39ID:8xwUj4CR田舎者のストレートさというか
0015名無しの笛の踊り
2006/04/05(水) 06:25:21ID:dzhDJUFU0016名無しの笛の踊り
2006/04/06(木) 02:18:35ID:6gVRumnLうち4700曲以上が失われ、残りも本人が作曲したのは僅か11曲(うち1曲が未完)とされているよね。
本当なのかな?
0017名無しの笛の踊り
2006/04/06(木) 03:30:59ID:E55C8PGI最後のクラヴィーア曲がOp.9997だが、誰も本気にする者は居ない。
最晩年はサリエリと同じ施設に入れられたそうだ。
0018名無しの笛の踊り
2006/04/06(木) 03:32:33ID:lrSqEJXsサリエルーム、もといサナトリュームか!?
それが、問題だ!
0019名無しの笛の踊り
2006/04/06(木) 07:58:25ID:9m4Cw7Qzパンツルックから叩かれまくってた人?
0021名無しの笛の踊り
2006/04/08(土) 04:06:58ID:4y2DJthw0022名無しの笛の踊り
2006/04/08(土) 20:26:21ID:AL0HZQPBおいおい、いろんな人がごっちゃになってるぞ。
アントニーニ・フルックネリ Antonini Fruckneri が、フルックナー本人が
自筆譜の署名に使ったイタリア語名
アントニオ・フルクネッロ Antonio Frucnello は全く関係のないイタリア
の作曲家
フルックナーの親戚で、父の兄の孫なのは、
アレッサンドロ・フルッケノーリ Alessandro Frucchenori
だ。
…ていうか、オレも今辞典で確認し直したんだがwww
ヨーロッパの人名ってまぎらわしくていかんよな…。
0023名無しの笛の踊り
2006/04/08(土) 20:30:44ID:AL0HZQPBアントニーニじゃなくてアントニーノ Antonino だった、鬱打死脳…orz
0024名無しの笛の踊り
2006/04/09(日) 18:17:12ID:IHTJm8BN安 振琥ってどうよ?
0025名無しの笛の踊り
2006/04/16(日) 02:09:52ID:gSxQsT7y0026名無しの笛の踊り
2006/04/24(月) 07:32:42ID:cvYCQjF10027名無しの笛の踊り
2006/04/24(月) 15:52:04ID:2HaA4To80028名無しの笛の踊り
2006/04/26(水) 00:02:49ID:HFbwsL+q当時交響曲作家として名をなしつつあったハイドンとの接触を試みるが、
折しもエステルハーザ宮の劇場活動の拡大によって年間を通じてオペラの
作曲と楽長としての仕事とで多忙を極め始めていた彼に面会する機会はつい
に得られなかった。フルックナーは失望のあまり「ハイドンもまた愚劣な
貴族なぞの道楽に殉じてその才能をくだらぬ歌芝居ごときで腐らせるのだ」
と呪詛の言葉を吐き、以後終生ハイドンを自分の最大のライバルであり敵で
あるという妄想を一方的に抱き続けることとなる。
以後の彼はそれまで以上にまさに「狂ったように」作曲に取り組み、膨大
な数の交響曲・室内楽曲・器楽曲等をウィーンで生み出した。
002928
2006/04/26(水) 00:03:34ID:zL9LuFPO× 76年、36歳の時、
↓↓
○ 76年、37歳の時、
0030名無しの笛の踊り
2006/04/26(水) 00:18:22ID:gY385/4Z0031名無しの笛の踊り
2006/04/26(水) 00:21:18ID:PuFxiT180032名無しの笛の踊り
2006/04/26(水) 01:10:18ID:zL9LuFPO女性との交渉を持てなくなっていた彼は、39歳で、街の雑貨屋で知り合った
17歳の娘ジュリエッタと結婚。控えめで聡明な彼女は、常に音楽のことが
頭を占め片時も五線紙と筆記用具を放さなかったアントニンに忍耐強く連れ
添ったが、81年、ふとした病から生来どちらかといえば虚弱であったこと
もあり20歳で死去。その後フルックナーは10代の少女への恋慕を幾度も抱く
ことはあったが二度と結婚をしなかった。
82年、ある演奏会でモーツァルトの音楽を知る(おそらくピアノ協奏曲K.382
かK.414)。しかし彼は、この天才の音楽について「快活で流麗だがわたし
とは目指すものがあまりにも違いすぎる」とだけ書き記し、さほど興味も
感慨も示した様子は見られない。
0033名無しの笛の踊り
2006/04/26(水) 01:18:29ID:/nWEAu8T0034名無しの笛の踊り
2006/04/26(水) 02:11:57ID:zL9LuFPOにも熱心であったことにやはり嫌悪感を抱いていたようであるが、とは言え
1780年代のフルックナーの書法には、モーツァルトやハイドンからの明らか
な影響が見られ、またそれを自分のものとして消化しようとする苦悩の跡が
認められる。
83年、郷里で長年闘病を続けていた母ハナが死去。短期間の内に最愛の妻と
母とを失った彼の精神はますます脆弱さを増すが、作曲の筆が止まることは
なく、相変わらず月平均5〜6曲、多い時には月10曲というペースで曲を書き
続けた。また、病んだ精神は彼の生まれ持っての飾りの無さや時に頑迷とも
言える自己への真摯さとも相俟って、辛辣に過ぎる他者への批評や誇大妄想
的な虚言となって、親しい友人達との間でさえしばしば衝突の種となった。
0035名無しの笛の踊り
2006/04/26(水) 02:17:54ID:zL9LuFPO早くからプロイセンで活躍したフランツやゴータで活躍したゲオルクと、
ボヘミアとウィーンを行き来していただけのフルックナーとの間に交流が
あったとは寡聞にして初めて知りました。
確かにゲオルクの交響曲は当時ハイドン、モーツァルトのものにも負けぬ
ほどの人気があったそうですから、何やらつながりがあってもおかしくは
ないですね。誰かkwsk!
0036名無しの笛の踊り
2006/04/26(水) 02:57:35ID:zL9LuFPOまたは91番)を聴いたフルックナーは、自身の旧作に似た旋律と和音進行を
見つけ、「ハイドンが自作を盗作した」との主張を公にする。しかし、似た
ような素材であってもすでに大成しつつあったハイドンの進歩的書法と、
古臭いとも言えなくもないフルックナーのやや保守的な作風との違いはあま
りに明らかで、この主張はハイドン側から当然のように黙殺された。
これに憤ったフルックナーは、往時対面かなわなかったこの7歳年上の大家
に直接訴えるべく、91年、彼をはるばるロンドンまで追う。しかしやはり
ザロモン・コンサートで多忙であったハイドンを捕まえることは難しく、
またイギリスでの彼の圧倒的成功を目の当たりにしたフルックナーはさらに
焦燥を募らせた果てに、「ハイドンはアメリカでもコンサートを開く予定」
というゴシップ紙の誤った情報を信じ込み、単身アメリカへと渡ることと
なる。
0037名無しの笛の踊り
2006/04/26(水) 03:21:35ID:esgFGmix0038名無しの笛の踊り
2006/05/16(火) 18:21:10ID:M0WHgP+aまさに疾風怒濤。ハ短調。
0039名無しの笛の踊り
2006/05/17(水) 10:40:06ID:dldpZlKBあるからなあw
0040名無しの笛の踊り
2006/05/17(水) 13:46:30ID:Sk6LI1H1たまに2354番みたいな名作が生まれるがw
0041名無しの笛の踊り
2006/05/17(水) 13:49:43ID:Sk6LI1H1フルックナーの中期代表曲の一つになっている。
0042名無しの笛の踊り
2006/05/29(月) 20:57:04ID:XK0Rv6SC0043名無しの笛の踊り
2006/05/29(月) 20:58:13ID:XK0Rv6SC0044名無しの笛の踊り
2006/05/30(火) 18:38:51ID:ArZgJdss買う香具師いるのだろうか。
0045名無しの笛の踊り
2006/05/30(火) 18:47:05ID:3aCc8aWr0046名無しの笛の踊り
2006/05/30(火) 21:18:15ID:iJrN3akQ0047名無しの笛の踊り
2006/05/30(火) 21:20:14ID:ArZgJdss0048名無しの笛の踊り
2006/06/02(金) 02:41:23ID:Y4VRUXFgそれ胃腸ちゃいますやん!
0049名無しの笛の踊り
2006/06/05(月) 23:21:41ID:BAbKJc85カラヤンがこんなにもフルックナー好きだったとは・・・!
0051名無しの笛の踊り
2006/06/05(月) 23:30:40ID:wJFHr055フル5の第一・第二・第三楽章&ブル5のフィナーレにした意図はなんだろう・・・
0052名無しの笛の踊り
2006/06/05(月) 23:40:56ID:HW043Iprカラヤンのコンプリをしている俺としたことが。
このフルックナー4枚のために22万円は痛いなあ
0053名無しの笛の踊り
2006/06/06(火) 04:27:02ID:XYoH6Txm1万くらいならかうんだが
0054名無しの笛の踊り
2006/06/07(水) 08:19:06ID:FECZ5WWA>その点、御本尊のフルックナーは「愚人」扱いされているので言うことはない。
0055名無しの笛の踊り
2006/06/11(日) 00:28:00ID:OB6shY1v名前が似ているブルックナー君ともある種の共通性があるようにも思う(一見、逆だが)。
0056名無しの笛の踊り
2006/06/11(日) 00:46:36ID:SkvGQe7Gしかし9は未完のまま10を書き上げるとはね・・・
シューベルトを意識したのかな
15 名前:名無しの笛の踊り[] 投稿日:2006/02/22(水) 05:57:58 ID:4YzaBN5s
>>13
9番が異端なだけでは?
なにしろブルックナーは交響曲を69曲も書いてるんだから。
46 名前:名無しの笛の踊り[] 投稿日:2006/02/24(金) 14:12:10 ID:iCHZN4s2
>>15 も別人だね
ヨハン・ブルックナー(1733-1825)
ハイドンの同時代人で親交もあった。
彼の交響曲はどれも三楽章構成で一曲15分くらいのもの。
0057名無しの笛の踊り
2006/06/25(日) 07:35:08ID:zOq/E8F2色魔ねに執着するのはなぜだろう
0058名無しの笛の踊り
2006/06/26(月) 16:52:12ID:k7DAWjpZ弟子入りを願う手紙を何度かフルックナーによこしたとかよこさないとか。
確かにハ長調の作品に明らかな影響が認められるね。
0059名無しの笛の踊り
2006/06/26(月) 16:54:47ID:iC2qkhcN・ヨハン・ブルックナー(Johann Bruckner 1733-1825 オーストリア)
対照的な二人だね
0060名無しの笛の踊り
2006/06/26(月) 22:25:55ID:bzotyTab/⌒ヽ
⊂二二二( ^ω^)二⊃
| / ブーン
( ヽノ
ノ>ノ
三 レレ
0061名無しの笛の踊り
2006/07/01(土) 07:48:50ID:ZKCMIEaRフルックナーはどうだったのか?
誰か知ってる人いない?
0062名無しの笛の踊り
2006/07/01(土) 09:58:00ID:WN5wXX3b0063名無しの笛の踊り
2006/07/01(土) 14:11:44ID:ZKCMIEaR0065名無しの笛の踊り
2006/07/01(土) 21:54:51ID:hifIeX62>>34で言及があった。
>病の母を単身郷里に置き去りにしてきたという極度の罪悪感から、成熟した
>女性との交渉を持てなくなっていた彼は、39歳で、街の雑貨屋で知り合った
>17歳の娘ジュリエッタと結婚。控えめで聡明な彼女は、常に音楽のことが
>頭を占め片時も五線紙と筆記用具を放さなかったアントニンに忍耐強く連れ
>添ったが、81年、ふとした病から生来どちらかといえば虚弱であったこと
>もあり20歳で死去。その後フルックナーは10代の少女への恋慕を幾度も抱く
>ことはあったが二度と結婚をしなかった。
>>64
アントワーヌ・フリュクネール(Antoine Fruckner)の生まれた地方は、1839年にベルギーに
割譲されたから、15年後にフランスに帰化するまではベルギー人だったともいえる。
0067名無しの笛の踊り
2006/07/14(金) 04:17:29ID:UFtEe18Z0068名無しの笛の踊り
2006/07/17(月) 19:34:31ID:ohWpfqqN0069名無しの笛の踊り
2006/07/23(日) 05:20:59ID:EeMGZzwH0070名無しの笛の踊り
2006/07/24(月) 03:31:59ID:TkuMhLLZ0071名無しの笛の踊り
2006/07/24(月) 08:02:24ID:Zx6b1B500072名無しの笛の踊り
2006/07/24(月) 16:45:58ID:UbMCsYToそりゃあもう
0073名無しの笛の踊り
2006/07/24(月) 21:18:50ID:wVxZxRM50074名無しの笛の踊り
2006/07/24(月) 21:36:49ID:qRqWJJ9I■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています