>>79
実際問題としてコンサートマスターの権限も相当強く、
ウィーン・フィルなんかその典型と言われている。
一人の指揮者でもその意思・解釈だけで音楽が作られる
とは必ずしも限らないし、実際たとえばラトルなど
ウィーン・フィルとベルリン・フィルでは演奏の性格が
かなり違ったりしているのも興味深い事実。
指揮者が変わればもちろん演奏が変わるけれど
オケが変われば、また同じオケでもコンサートマスターが
変われば演奏がかなり変わったものになるのも事実。
基本的には指揮者が演奏に及ぼす影響力が一番強い
というのは間違い事実だろうけれども、
コンサートマスターや首席奏者といったオケ側の人間にも
そういった影響力を見て取ることもできる。
要するに仮に一人の指揮者が主導権を握っているように見えても
実際にはそうでない場合がかなりであるし、
表向きは指揮者なしという場合でも実際にはその中で
指揮者の役割を果たしている人間が必ずいるということ。
チェリビダッケをはじめとする超独裁的な指揮者になると
指揮者の意思・解釈が限りなく演奏のウェイトを占める
というのも事実ではあろうけれども。