日本のどのプロオケのコンマスは誰で首席は誰、なんてのがパッと出てくるのは、
同じ業界の人だけだろう。百名ものメンバーがいて入れ替わりもあるのだから、
一般の聴衆はまず関心を持たない。海外のメジャーオケでも事情は同じじゃあるまいか?

オケのメンバーがリサイタルを開く場合でも、○○オケ首席といった冠が必ず付く。
オケの奏者になるということは、個人の人格(名前)を捨てて、
オーケストラという大きな人格の一部になるということなのだろう。
個人の名前にこだわる人は最初からソリストを目指すだろうし。

オケの中にもいわゆるスター奏者や名物奏者はいるけれど、
それでもオーケストラにあってこその存在に過ぎない。

そこへいくと、指揮者は一人で百人から構成されるオケ相手に格闘してるからね。
「ラトルの演奏」「ヤンソンスの『悲愴』」といったふうに、
個人名がクローズアップされるのは当然。

聴衆の側からすれば、
オケという人格の百分の一である奏者と、
オケと一人で対等に渡り合わなければならない指揮者とでは、
同列には語れないでしょう。

長文シツレイ。