ラヴェルのアイロニー  慶應義塾大学法学部専任講師北居功

 ラヴェルは生涯独身を通したが、それは一種のマザー・コンプレックスに由来しているも
のと、予てから一人想像していた。彼の両親は、父親がフランスバスク地方、母親がスペ
インバスク地方の出身で、彼自身もブラシスバスクの港町シプールに生を受けている。バ
スク地方はピレネー山脈を挟んでフランス・スペイン両国に跨がる土地であり、その言語
もヨーロッパ各地の言語と共通性の少ない独自性を持っているようであり、とりわけ、ス
ペインバスク地方には、今日政治的独立を求める過激な活動組織が存在する。つまり、近
代国家の枠組みとは別次元の生活領域がそこには古くから存在していたのであり、寧ろ、
そうした共通の生活領域を近代国家がいわば勝手に干渉して引き裂いているのである−パ
スカルは、「ピレネー山脈のこちら側の真理が、あちら側では誤謬である」と言ったが…−。
ラヴェルの音楽は、スペインに素材を求めるものが多いが、それは彼の母親への郷愁、ひ
いては彼らの本当の故郷一バスク地方→の郷愁に根ざすものではないか、と勝手に想像し
ている。

 ラヴェルの作品の中で最もポピュラーな作品の一つに、「ボレロ」という曲がある。ボレロ
はスペインの舞踊古楽の一つであるが、彼は、単調な三拍子・二小節のリズムの反復を基
礎に、二種類の主題を手を替え品を替えて繰り返すという奇抜な舞踊音楽に仕立てあげた。
その初演に纏わるエピソードに、聴衆が絶賛する中、一人の聴衆が「この曲は馬鹿げている」
と眩き、それを耳にしたラヴェルが、「この曲を理解しているのは彼だけだ」と言ったとい
うものがある。

 また、彼はパリ音学院の学生時代に「なき王女のためのパヴァーヌ」というロマンチックな
ピアノ曲を作った。 因みに、パヴァーヌもスペインの舞踊音楽であるが、それがパリの
サロンで好評を博した。しかし、それを知ったラヴェルは、「その作品は駄作だ」として咲笑した
ともいう。彼自身、後にそのピアノ曲をオーケストラ用に編曲しているから、恐らく「駄作」とは
正直思ってはいなかったと思われるが、こうしたエピソードが語るラヴェルは、相当な「皮肉屋」
として映るのである。