西洋人の夫婦生活

ところでこの作品、本当に完全な標題音楽になりきっています。従って登場人物もリヒャルトを中心とするその家族だけですし、その内容というのも、これまた平和な日常生活というおもしろくも何ともないものです。

それでも交響曲としてまとまった作品になっていること、そして現在でも立派に演奏されているあたりが実に不思議ではありませんか。冒頭でご紹介した習作の例にあるように、いくら有名作曲家の作品だからといって、
それだけで演奏され続けるほどこの業界は甘いものではないのです。

それではこの作品の成功の否秘訣について気になりますが、その第1は、たぶん標題音楽に徹したところではないでしょうか。

リヒャルトはオペラもバレエもたくさん作っています。従って今回の企画にしても、何もわざわざ交響曲にしなくてもよかったのかも知れません。しかし考えてもみて下さい。先ほども説明したとおり、リヒャルトの家族だけが出てきて平和な日常生活を送るだけなのです。
こんなオペラやバレエを見に来る馬鹿がいったい何人いるでしょうか。

つまりこういう作品の場合、交響曲か交響詩のどちらかしか有りえなかったという可能性が大きいのです。

ではなぜ交響詩ではなかったのでしょうか。これは大いに疑問であります。もちろん形式的に整っているとかいろいろと解釈はありますが、しかし前作である「英雄の生涯」以降、巨匠は交響詩をまったく作曲しなくなります。

つまり当時の巨匠としては、交響詩ではなく交響曲を作りたかったと考えた方が普通だと思うのです。