>>27
要するに、いかにブレスをフレージングの中に組み込んで行くかという問題だね。

これは、およそ全ての歌・管の奏者にとって、永遠の課題の一つなんじゃないか。
一流の歌手・管奏者は、フレージングの邪魔にならないブレスをするだけでなく、
大仰な言い方をすれば、ブレスによってフレーズに命を吹き込むことができる。
ブレスをも「聴かせる」演奏ができるようになりたいと、誰もが思う。

もちろんそれ以前に、多くの奏者にとっては、音楽の邪魔にならないブレスを
するだけでも高度のテクニックが要求されるわけで。弦楽器など、ブレスを
しなくてよい楽器(ブレスの間も音が途切れない楽器と言った方が良いか)を
一度も羨んだことのない歌・管奏者は居ないんじゃないか。殆どの奏者が、
ブレスに関しては、どこかで「妥協」しながら演奏せざるを得ないのだと思う。

だから、>>27の問いに対する俺の個人的な回答は、「フレーズによる」だね。
早い話が、弦楽器のために書かれた息の長いフレーズの多い曲、例えばそうだな、
タイス瞑想曲なんか、どこでどのようにブレスを入れようが、ヴァイオリン
のフレージングをイメージしている限り、「崩れて」しまうのは避けられない。
弦楽器のフレージングの真似をしようとする限り、それこそ循環呼吸くらいしか
手がないだろう。一方、例えば歌曲を管楽器で演奏する場合のイメージならば、
フレージングに効果的にブレスを組み込むことは充分に可能だし、それが出来な
ければマトモな管奏者とは言えないと思う。

逆に言うと、ブレスを無視したフレージングのイメージ練習など、歌・管奏者に
とっては殆ど無意味だとも言える。ブレスの無い「理想イメージ」を作って、
そこに後からブレスを挿入するのでは、良い演奏はできない。