芸文余話 朝比奈の音、大フィルに脈々
 ウィーン・フィルやドレスデン州立管弦楽団など世界の名門オーケストラ
には少し聴くだけで、はっきり識別できる音の個性がある。これに対し、
西洋の模倣から始めて一世紀に満たない日本の楽団の響きは絶えず「個性が
薄い」との批判にさらされてきた。
 本当にそうだろうか、と思う。例えば大阪フィルハーモニー交響楽団。
ベートーヴェン、ブルックナーなど重厚長大なドイツ音楽を得意とした
朝比奈隆が終戦直後に創設。2001年に93歳で亡くなるまで音楽監督を続けた
結果、日本のオーケストラ界で最もドイツ風の音を出す。
 大正デモクラシーの空気を吸って育った朝比奈は、京都帝大法学部で
ドイツ教養主義を身につけた。音楽の専門教育を受けなかったため、指揮
技法については「ディレッタント(好事家)」と揶揄されることもしばしば
だったが、人格の隅々に染み込んだドイツ文化への深い理解が独自の
大フィル・サウンドを育てた。ドイツの楽団への客演でも「我々の祖父世代の
巨匠指揮者の音が突如、蘇った」と、現地紙に批評された。
 2003年に後任音楽監督に就いた大植英次は朝比奈より50歳近くも年下で、
ミネソタ管弦楽団など北米での活躍が目立ったため、大フィルの音が一変する
のではないかとも予想された。だが大植は「朝比奈先生が正しかったことを
証明したい」と言い、前任者の指示に基づく書き込みが数多い楽譜を使い、
楽団固有の音色を生かしながら合奏精度を高める道を選んだ。より時間の
かかる選択だった。
 四月の定期演奏会で大植が指揮した、ベートーヴェンの「コリオラン」
序曲が独特の粘りを伴って鳴り出した途端、渋く厚みのあるヴァイオリン群
の間を突き、ドスの利いたコントラバスの音が客席に迫ってきた。あの
「朝比奈の音」が、二十一世紀の洗練を加えて蘇った瞬間だった。
                  (編集委員 池田卓夫)