クラシックギター総合スレ part25
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0856名無しの笛の踊り
2006/03/15(水) 13:58:27ID:gFPGtUjhどう捉えるかによって考え方がずいぶん違ってくると思います。
ハリウッド映画におけるリアリティは即物的で、いわゆる「美女」といったら8頭身の
バスト・ウエスト・ヒップの比率も理想的な顔の造形も美しい女優が、誰が見ても納得
する美女として登場してきます。
それに対し、落語の表現では70歳過ぎの禿げてやせた爺い(具体的には桂歌○師匠)など
が吉原の花魁を演じたりします。
どうみても、色っぽさも何も感じられない容姿ではありますが、そこからが芸(色気の表現)
の世界に入るのでしょう。
話の初めには、老落語家が高座に座っている情景が見えているのですが、話が中段に入る
頃には、物理的に見えているのは老落語家なのにこころに描かれる情景は17〜18の花も恥
らう愛らしい花魁に変化しているのです。
それが落語におけるリアリティの表現だと思います。
もちろん、下手な噺家の話芸ではそうした世界は展開されません。
ギター演奏の表現も落語家の芸のように「音楽」を想像させる技術と言うものがあると思い
ます。セゴビア自身の言葉でも
「ギターは音楽を夢見る楽器である」
という言葉が残されておりますが、そうした意味あいを私は読み取ります。
演奏者も即物的なリアリティではなく表象的なリアリティの表現法を研究するべきである
だろうし、聴く側も想像力を働かせて聴かないとヘンテコな音楽になってしまうことがあ
ると思います。
最近のギタリストは即物的なリアリティの表現の方向に向かっているように感じますが、
それならばオーケストラやピアノのほうがいいと私は感じています。
こちらなら、想像力を働かさなくても、即味わえますから。
トレモロにも、これと似たことが言えるのではないかと思います。
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