以下レコ芸4月号の吉田の文章より、一部引用。

(前略) バイロイトのワーグナーでは、私はもう一つの演出上の革命も
経験しました。1968年のことで、この時はピエール・ブーレーズの
指揮、パトリス・シェローの演出でした。(中略)
 もっとも、1968年の夏というのは、例のパリの学生たちの
五月革命を筆頭にドイツ各地でも若者たちの「反乱」の火の手が燃え
さかっている最中。その中で、黄金と権力の呪いを主題とした《指輪》は、
ひどく古めかしい装いと、時代にぴったりの動きとの両面を具えた芸術作品
だったわけです。
 私はシェローを肯定した。(略)シェローの《指輪》には19世紀演劇の
尾をひいたリアリズムの枠を強調した上で、その中に、ヴィーラントが
できるだけ捨象しようとしていた作品のイデオロギー性、政治性にー少なくともー
立ち向かおうとするものだった。超時代的「永遠の美」を否定して、
時代性をとり戻そうとする動きの舞台。
 このどちらも《指輪》にほかならないが、この二つはうんと違う。
(後略)

明らかに破綻しているんだが。
「信者」とはこういうものなんだろう。