ジョーもグルダ(仲間内では「フリッツ」)もウィーンの伝統と権威が嫌で、
自由を求めてそれぞれ戦ったわけだけれど、
ジョーはそのためにアメリカに渡った。
グルダは現地でとどまって戦い続け、そのままクラシックとともにジャズも弾いた。

とはいうもののグルダのほうは、
はじめは自由の象徴と思っていたジャズの世界が、
クラシックと同様に「これをするな」「あれをするな」という禁忌だらけで、
嫌になってしまったらしいけれどね。)

だから、「自分の曲はジャズの要素は取り入れてはいるが、
厳密にはジャズではない」とグルダは言っている。