前スレ読んでいませんが、ショスタコを語るにあたってイデオロギーとか歴史背景を
前提に音楽を聴くのか、純粋にそこにある音楽を聴くべきかというのは、散々議論されて
きたと思います。
自分は今弦楽四重奏曲や交響曲を初めて聴いているところですが、最初は「そこにある音楽」
だけを捉えようと思っていました。でも交響曲の8番や11番、13番あたりを聴いて、
その強烈な音楽を目の前にしてしまうと、とても常人の音楽とは思えなくなるのです。
まだ私は鰤のバルシャイしか聴いていないのに、この状態です。もちろんその音楽に今
猛烈にはまり込んでいます。
そんなわけで、どうしてこのような音楽が生み出されるのか、やっぱりその背景を
知りたくなってしまい、私も千葉さんの著書を一週間前に買って読みました。
・・・壮絶な人生ですね。聴く側の姿勢も正さないとこの人の音楽とは向き合えないかなと
強く思っていたりします。

・・・とりとめもない書き込みでスマソ。