私もトシがバレそうだが、「森の歌」初の生は74年のN響定期で指揮は息子の
マキシムだった。少年合唱以外は合唱(国立アカデミー・ロシア)、独唱ともに
ソヴィエト勢だったが、合唱の入りに一瞬ヒヤリとさせる部分もあったりして、
盛り上がりがいまいちのようだった・・・。ファンファーレのバンダもどこにいたか
忘れてしまった。父親の死の1年前で、他に第5、第7、第9をやったが、今なら
もっと大きな話題になったような気がする。
>>279 岩城さんのもなかなか良かった。バンダがちょうどサラウンド的配置になる
席だったが、適当にずれていてかえって面白かった。