情景に沿って、いろいろ声質を使い分けることで、
より微細な表現が可能になっているのだが、
そこを粗といわれてもなあ。
先入観を持たずに、聴く耳視る眼があれば、
いかに細かいところまで神経が行き届いているか分かるものを。
人生が歌に反映されるのはもとより、逆に、歌の心を自分に刻みつけることで
歌と同化して成長してきた人間だからこそ、あの密度が可能なんだろう。
向こうが心で歌ってくるのだから、こちらも心で聴かないと
何も聞こえないし、何も見えないと思うよ。