(長文連投お許しを)

自分自身は、オリジナル楽器を使いつつ、オトテールやコレルリに合った
奏法を開発して、天国の彼らから「そんなやり方もあったのか、なかなかやるね。」
と言われてから死にたいです。

結局自分には古楽とモダンの論争が無意味なものにしか見えません。もっと個別に
さまざまな視点から研究すべきです。 人のことを否定する暇があったら、
自分にないものを取り入れる方に、時間を使えば良いのにと思います。

ひとつ象徴的なことを書いて終わりにします。
クヴァンツの述べたdidleタンギングに、今最も真摯に取り組んでいるのは
おそらく古楽の人ではないでしょう。・・・多分Jazzのトロンボーン吹きです。