>>248
>リアルタイムでは、日本におけるグールドの評判はどのようなものだったのですか?

無知蒙昧なオヤジなんで良く知らないw
って、これだけじゃ申し訳無いから個人的な想い出を少しだけ…
今じゃ考えられないが65年頃は、大学にもまだ音楽観賞サークルってのが存在していた。
貧乏人にとってLPは結構な出費だったから別に奇怪しくは無いが
高校生じゃあないぜっと少しこっ恥ずかしかったが第○研究会のバッハ部門を
半年ほど覗いてみた。
その部長が勧めて呉れたのがグールド。当然ゴルトベルクかと思ったら
(芸術新潮の連載の吉田秀和の文章は読んでた)出たばかりのパルティータ勧めて呉れた。
これが運の尽きで余りの事に目が眩々した。
(最初にゴルトベルク聴いてたらグールドの内から満ちあふれる恐るべき
ロマンティシズムなどは多分しろーと餓鬼には分からなかったろう)
日本でのグールドのLP発売は当然コロンビアだったが、北米とは数年のタイムラグ
があった記憶があるが、輸入盤もさして無かった時代なんで(69年位にフーガの技法や
本人作曲のカルテットをたまたま輸入盤で見つけた時はビックラこいた)
まあ、まともなw音楽評論家はまともに採り上げなかったのか、知らなかったのか。
ソニンがレコード部門作って話題に成ったのが68年だったかな。
就職掲示板観ながら皆でお前どうなんだこりゃ?なんて騒いでたのを思いだす。
米CBS出版権を日本コロンビアから引き継いだのは平均律第2巻の頃だろうか。
米CBSそのものを買い取って傘下に収めた頃から本格的にグールド宣伝を始めた筈だから
グールドが日本で人気出て来たのは多分その頃からだろう。