>>53-59
貴方の意見を読んでると、一貫性が無く感じるのは気のせいでしようか?
「他人に正しい形で伝えることを目的にする」ことが演奏芸術の本質?
上では確か「正しい」は譜面を使うか否かの範疇の意味、って言ってたような?
それは置いとくとして、譜面を見る見ない以前に、そもそも舞台に立つ前の譜読み
の段階で、的はずれで不合理な解釈をしていたら話にならないですわね。
なんか、文章読んでると、貴方は作曲家本人のように作品を理解し、完璧な
再現が出来る神のごとき希有の人みたいですね。
それに「責任論」だの、受容についての議論は、自明かつ奇妙かつ不毛に思え
ますが。「認識論」でも勉強されるといいですよ。

以前、吉松さんだったかな?面白いこと書いてたな。自分は芳醇な吟醸酒が
出来たと思ってお客に出したら、素晴らしい赤ワインですね、と褒められて
苦笑したと。もう一つのエピソード。ラベルがボレロの録音をしていたとき、
それを聴いていたトスカニーニが、演奏にクレームをつけ、この曲はこう演奏する
んだとラベルに見本を示した。
優れた芸術家の作品は、多面的で無限の深さを有してるがために、有能な演奏家
によれば、作曲家の意図以上の新たな解釈を次々に生んだりして、作家の手元を
離れてからも独自に成長してゆくもの。