言いたいことが半端になってしまった。
古典派以前にさかのぼるというのはわかる気もするんだが、ただモダン楽器の性能があったら、
古典派、ロマン派前期の作曲家もまた違った管の使い方をしたのではないか、という思いがあります。
ベト、ロッシーニなんかは、時代の制約から考えたら、かなり思いきった使い方をしてる。
また前期ロマン派のようにクラリネットばかりが愛されたことはなかったのでは?

ベトの管楽アンサンブル版がさほど違和感なく感じるのは、
先を見越した管の可能性を見てたのではないかと。
ロッシーニなんかも