確かに暑苦しいとか、大袈裟とか、時代遅れとか言われてますが、作品テーマへの求心力はナンバーワンだと思うのです。
音楽的な素晴らしさ以上に、「キリストの受難」が信仰者に与える感情そのものが表現されています。
他の指揮者のもいくつか聴いてみましたが、テンポの速さが上滑りな印象を産んでいるのは拭えません。
音楽的な成功のみを追求すれば、その方が正しいのかも知れませんが、それだけでは作品の精神を表現するには至らないのです。
恐らく、この作品はリヒターの指示が最適なのだと思うのです。
でなければ、他の指揮者の演奏から知ったこの曲に受けた衝撃を説明できません。
第1曲からして、次第に渦を巻くかのように展開する合唱に、信者でない私も、聖性に触れた思いがしてはっとしました。
もちろん私の主観ですが。
聖トマス教会での初演に立ち合いたかったなと真剣に思ってます。