鰤好きなみなさんはもちろん聖夜はop.28でしっとり過ごされたことだろう。
ホントはクリスマス近くにop.28まで行ければ良かったんだが、
物事そうはなかなかうまく運ばないってことだ!
というわけでop.20も鰤の勘違いでできてしまったような曲なんだが、
これがいまや鰤全作品中でも屈指の名曲となっているのが、
世の中なかなかうまくいかないってことの面白いところなんじゃなかろうか?

シンフォニア・ダ・レクィエム(Sinfonia da requiem)Op.20[Orch][3楽章]
(1940/初演1941.3.30ニューヨーク、カーネギーホール バルビローリ指揮NYP)
1.涙の日(Lacrymosa) - Andante Ben Misurato
2.怒りの日(Dies Irae) - Allegro Con Fuoco-Alla Marcia-Avanti
3.永遠の安息を(Requiem Aeternam) - Andante Molto Tranquillo

西暦1940年(昭和15年)は初代天皇とされる神武天皇の即位より2600年目、
これを「紀元2600年」として当時の日本国政府はお祝いを計画した。
そこで海外の4人の作曲家に奉祝の為の作品が委嘱されたのだが、
4人とはR.シュトラウス、イベール、我らが鰤、あとひとりはわからん。
鰤は亡き初代天皇を偲ぶ鎮魂の音楽を委嘱されたと誤解してop.20を書いたのだが、
日本政府はめでたい場にレクイエムとは何ごとかということで、
結局祝典では演奏されなかった....