殘念ながら、今現在の自稱「バッハファン」の大半はキリスト教といふ「絶對者」への崇敬の
念も持たず、CDなどでバッハの演奏を聞いただけで、さもバッハを理解したやうな氣になつ
てゐる者ばかりである。
ごく一部の心あるバッハファンは、神への崇敬の念を忘れてはいない。
たとへわれわれ日本人がキリスト教を理解出來なくとも、キリスト教に對する崇敬の念だけは持ち續けていたいものだ。