アーノンクールが出てくるとやっかいだな。
彼は音楽の作り方や反動的なスタイルと言い、カラヤンの真逆を行くことに偏執しているからね。
ただし問題はここ↓
>文化やら所属する言語の壁やらに影響されやすいのがクラシックって存在なのでは?
アーノンクールの言い分は一つ間違えば「君たちのような東洋人には、100年かかっても理解できない」という論理と直結する。
俺は商業(特にアメリカ流の効率よくイメージと快楽を消費するという)に晒されない文化としてのクラシックを擁護することは必須だと思う。
ただ、その文化を地域限定(ローカル)のものにしようとするアーノンクールは正しいと思っていないよ。
カラヤンとは違った方法論でクラシックを回復させる巨匠が登場することが必要だと思うね。チェリや若い頃のブーレーズはそういう可能性を見せていた。
実際もうカラヤン流は行き詰まりつつあるのは誰もが認めるんだから。