中村紘子談
まずは、今回はショパンコンクール in Asia inワルシャワとでも言うような
大量のアジア人が参加していました。スラブとユダヤ系を除いて、
いわゆる西欧人がわずか6人しかいなかったのです。
これは今後のショパンコンクールに影響を与えると思います。
様々な事情があったこととは思いますが、ポーランドが日本の経済力を
利用していくうちに、といったら言い過ぎかも知れませんが、
ショパンコンクールも変貌してきたのかも知れません。
ヨーロッパ人の参加者が激減しているのも、
その一つの表れかも知れませんね。
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今回のもう一つの特徴は、今までにないほどの大量のポーランド人が
参加してきたことです。
第1次に20人も入れなければまさにアジア人だけになってしまう。
そこで無理をしても沢山とったのでしょうが、
これはポーランドのピアノ教育の水準を知る上でとても興味深いものでした。比べてみれば、どうやら日本のピアノ教育の水準の高さはかなりなものであると思わされました。
また、20人のポーランド人は各々がワルシャワをはじめとした地方の先生方
の生徒たちであるわけですが、皆ショパンの演奏と解釈は違っていて、
結局ポーランドの中でさえショパンの弾き方は皆違うのだということを
納得させられたものでした。むしろ、日本人のショパンの方が
より洗練されていたりする。とても面白く思われました。