1940年に日本が行った「紀元二千六百年奉祝楽曲発表演奏会」のために作られた、
イベール(フランス)/祝典序曲
シャンドール(ハンガリー)/交響曲
ピツェッティ(イタリア)/交響曲イ長調
R・シュトラウス(ドイツ)/祝典音楽
ブリテン(イギリス)/シンフォニア・ダ・レクイエム
が日本へ送られた。しかし、演奏されたのは4作品で、ブリテンの「シンフォニア・
ダ・レクイエム」は、「奉祝にレクイエムとは何事か」ということで日本側が受け取りを
拒否し、そのため初演はバルビローリの指揮によってニューヨークで行われた。
皮肉なもので、「シンフォニア・ダ・レクイエム」だけが今日に至るも有名になった。