お前ら、たまにはJPOPも聞けよ
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0242名無しの笛の踊り
2006/07/20(木) 02:10:33ID:JigEa8+DJ-POP等の大衆音楽では、大衆に喜ばれる音楽を作っている以上
大衆の好む、似たり寄ったりなコード進行、メロディー、構成が多くなるのは
ある程度仕方のないとこだろ?
和声だけで言及するなら、
クラシックでもロマン派まではトニック、ドミナント、サブドミナントを基にして
発展してきたわけだから、似たり寄ったりな進行は多いぞ。
古典派のソナタとかさ、超単純で分かりやすい
T-D-TとかT-S-D-Tみたいな進行はザラだろ?
ドビュッシーやラヴェルの登場した時代辺りからT・D・Sに拘らない
新しいアイデアや語法がどんどん誕生していったわけだが、
それもモダンジャズの発展などを経て、100年以上経った今では頭打ち状態。
音楽的な語法の発展はゲソヲソの連中に任せておけばいいんだよ。
まあゲソヲソももやは音楽として機能してることがほとんどない騒音のようなものが
大半を占める現状では、西洋音楽の語法はもはやこれ以上発展の
余地が無いくらいの完成期に入って久しいと見て良いだろ。
というわけでだ、似たような音楽が多いのは何も現代に限った話ではない。
18世紀でも19世紀でも、それこそ現代のJ-POPに勝るとも劣らない勢いで、
使い捨てのような駄曲、「軽」音楽が山のように生産されてたんジャマイカ?
超一流の作曲家であっても、生活のために手抜きの適当な曲を書くことがあったくらいだ。
時代の流れは無駄を淘汰していく。
そうして今の時代、クラシック音楽は
丁寧に大事に作られた作品や、独創性と芸術性に優れた作品、
また、長きに渡って多くの人々の心を捉えた作品だけが残されたわけだ。
表面だけ見て今のJ-POPは使い捨てばかりだと言って批判するのも、随分浅はかな見方だな。
目を凝らせば、現代においてもあの手この手を使って
独創性ある作品や心に残る作品を作ろうとしている音楽家、ミュージシャンは
必ず存在する。それはJ-POPと称される分野においても例外じゃないと思うんだが。
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