純粋なメカニック、特にスピードと音質の追及もいいと思いますよ。
理由は2つあります。

一つは速度アップ、音量アップを目指すと自然と合理的なフォーム、タッチが身につきますよね。
合理的でないと限界が狭まった状態なわけですから、合理化しようとする。
(ここは練習の方法しだいですね。知識と慎重な姿勢が必要なところです)

逆に、このくらいの速度で弾ければもういい、ここは音が途切れてもいい、こんな和音は押さえられなくてもいい、
とメカニックへの欲求を放棄するたびに、合理性への欲求もなくなりますよね。
せいぜい見た目が悪くなくて腰を痛めなきゃいいや、といことになってしまいます。


もう一つ、人間って自分を磨くことで楽しめる生き物ですよね。
技術をひたすら磨くのも楽しみになりえます。
客にとっては音楽が最重要でも、奏者にはそうでないかもしれません。
仲間内で、俺はこんなことできるんだぜー、すげー俺も!と競い合うのも楽しいでしょうし、
死ぬまでに一度は弾きたいと思ってた名曲、難曲が弾けるようになった!!
っていうのも最高だと思います。


これは音楽性の追求とはまったく別の次元です。
みんな時間に制限がある中で、何に重点を置いたかの違いを無視して
相手の重心からはずれたところで批判しあうのはナンセンスです。

たとえば、メカニックだけの人に対して音楽性を上げるための『アドバイス』をするのは有意義でしょうが、
「音楽性の感じられない薄っぺららい演奏だ」という批判は批判になってません。