エチュード論議ですか。

エチュードを取り組む目的は、もちろん上達ためですね。
しかし、練習者の状態(運動技術や表現技術、音楽理解、など)のよってその時の課題は異なります。
このことを理解しないでどの作曲家のエチュードが良いとか良くないとか議論しても無意味です。
また、特に独学者が陥りやすいのですが、運指(どなたの運指にせよ)も含め楽譜通りに弾けたらそのエチュードをマスターした気持ちになってしまいがちです。
楽譜通りに弾けることでやっと練習のスタートラインに立てたことになります。
次に、曲を理解し(構造的にも作曲者のイメージの理解も)音楽的に表現すること、自己の表現したいイメージを表現できて、一応そのエチュードは、その時点でできたことになります。
一応できたと言うことであって、完成ではないことに注意してください。

さて、古典時代のエチュードとしては、カルカッシ、コスト、アグアド、ジュリアーニ、ソル、その他多くあります。
古典派時代のこれらのエチュードでは、やはりソルの作品が初心者から上級者までを網羅し、殆どの曲は音楽的にも非常に高いものを内包していると思います。
次に、音楽的にはアグアドの作品も非常に音楽的に高いと感じます。
ソルは、メカニック的にも音楽的にも高いのに対し、アグアドはメカニック面よりも音楽的に高度さを感じます。
アグアドのエチュードは一般的にはあまり評価が高くないようですが、見直されることをお勧めいたします。
カルカッシの作品はアグアドとは逆にメカニックの方が音楽面よりも少し比重が高いというよりも音楽的にはソルやアグアドよりも単純だと思います。
ジュリアーニは作品は、メカニック面に偏りすぎの感じがいたします。

さて、エチュードに関して、ロマン派以降の作曲家では、タレガよりも私はサグレラスを高く評価いたします。
非常に音楽的に素晴らしい作品が多いですね。

最後に、エチュードに限らず、現在も生き残っている作品は、それなりに音楽的な価値を持っています。
つまらないと感じる音楽にするのか、そうでないのかは、演奏者に任されています。