現代は情報伝達が容易だから、世界各地のオケや奏者がどんな奏法をしているか
簡単にわかるし互いに取り入れやすい。しかし昔は都市や個人による奏法の
バラエティがとんでもなく多かったはずで、例えば同じモーツアルトの交響曲でも
マンハイムとパリとウィーンではそれぞれ違った奏法だったと思う。
古楽の連中は、普遍的なひとつの奏法が当時存在したという幻想を持ってるんじゃ
ないの?聖書の記述を全て事実とするキリスト教原理主義者みたいなもんか。