「考証」が過去のナマの事実を明らかにするわけではない。考証が
解釈を生むが、その新しい解釈が「考証されたもの」の意味を変えてしまう(あるいは深める)。
考証と解釈は表裏一体で、考証すれば「忠実な再現」ができるというのは
幻想に過ぎない。
考証の例をひとつだけあげよう。例えばperfectioという語が16世紀から
17世紀にどのように使われたのか、文献を渉猟すること。ただしこの言葉は、
哲学の議論と当然深く結びついているから、個々の哲学体系の中で解釈されなけ
ればならない。これが解釈学。
音楽に当てはめるとどうなるか考えてみ。