<古楽器とモダン楽器・・・その音楽性についての考察>

数年前ある楽器店のフルートフェアを冷やかしてみた。
当然と言えば当然なのだが、30万、60万、100万と
値段があがるにつれ確かに良くなっていく。100万を超えると
オリジナル楽器しか認めてないようなわたしでさえ、ちょっと
欲しくなるような魅力的な部分を持っているのには、びっくりした。
又あるときには、バイオリンの弓を試奏してみて、同様な経験をした。
このようなことについて、古楽器のひとでも「そりゃそうだろう」と
言うと思うが、ここで良くかんがえて欲しい。30万でも100万でも
99パーセント以上同じ材料、同じ寸法できていることを。

この面から考えると、所謂コピー楽器の持つ音楽性が、どの程度オリジナル
を受け継いでいるかはなはだ疑問であるし、さほど微妙なものに左右される
楽器製作のノウハウにおいて、ほとんどのコピー楽器がここ三十年くらいに
個人メーカーが自分一代のノウハウで作ったものであるし、一方モダンでは、
100年以上の伝統を持つメーカーも少なくない。(最近50年前のバックの
トロンボーンを吹いてこんなにロマン派を感じさせるものだったかとびっくり
した経験もある)・・・・・これらのことから類推するに、コピーの古楽器と
モダンでは、モダン楽器の音楽性というよりは、音色の部分に一日の長以上の
アドバンテージを認めています。

一方モダンと言っても弦楽器に関しては、ストラディバリが改造されていると言っても
もはや百何十年前のことであり、その魅力のほとんどは18世紀から19世紀に作られた
ことを否定できないはずで、この点を無視して古楽を馬鹿にするのはいかがなものかと
思っています。(経年変化説については、ステインズビーの象牙の楽器と木の楽器が同じ
性質を持っていることから、それらが同じようにエージングされるとは考えにくいこと
等から考えて、経年変化がストラディバリなどの魅力を作っているとする考えには同意
できない)