>>215
取って代わったとは言っていません。

なかなかこの問題のポイントが見えないようなので、書きます。

メッサディヴォーチェやそれに類する表現は、17世紀にはそれ
を使って絶大な演奏効果を手中にした名人が存在したのだが、
1710年代の記述で、「最近はそういう名人はほとんどいなく
なった」と言うのがある。そして「それは絶大な効果を持つが
身に着けるのは非常に難しい」とも書いてある。

ここでよく考えて欲しいのだが、「いったい何がそれほど難しかった
のか?」という点を・・・・・・・

この何が難しいのかということが解らない限り、真の
もできない、という論理が成り立つのではないか。(少なくともその可能性
が十分あるのでは)

私がこの件について一番具体的な示唆を受けたのは、シャリアピンから
でした。 シャリアピンは独特の発声をしていて、歌っているときに
何かが胸の中に入っていくような感じがしました。
後で調べて分かったのですが、シャリアピンは「歌詞の内容を吟味して
それをあらわすようにするのが歌手のつとめ」というようなことを言って
いて、いわゆるベルカントには否定的だったようです。

証拠はありませんが、おそらくシャリアピンの延長線上に真のメッサディ
ヴォーチェがあると思われます。