現代の音楽シーンにおけるクラシックの存在意義
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0046名無しの笛の踊り
2005/08/20(土) 12:03:25ID:iolTsqTz>西洋ではクラシック音楽がやんごとなき人たちの民族音楽だったと勝手に思ってる。
現代の日本で、いや世界でclassical musicと呼ばれているジャンルが、いわゆる「西洋」つまり
ヨーロッパのユダヤキリスト教圏発祥の音楽であることは疑問の余地がないし、全く同意。
だが、クラシックが西洋の「民族音楽」だったかというと、それは違うと思う。いま我々が
クラシックとして聴いている作品が作曲されたそれぞれの時代(といってもせいぜい17世紀
くらいからだが)に、ヨーロッパの各地域・各民族に、民族音楽はそれぞれ別にあったし、
今で言うところのポップス系にあたる大衆音楽もずっと存在した。我々がクラシックと呼んで
いる音楽は、それらとは全く別に、民族や地域を超えて体系化・様式化・学問化された語法を
用いて職業作曲家によって書かれたもので、聴衆は極めて限られていた。基本的に、クラシック
音楽は最初からその時代のやんごとなき人々セレブな人々のみを対象としていた。
>クラシック全盛期はクラは今で言うJ‐POPだったんだから。
つまり、いま我々がクラシックと呼んでいる音楽は、作曲された当時から現代にいたるまで、
マーケットとしてはずっとニッチェ商品であり続けたということ。その意味では、クラシックが
現代のポップス系音楽のような意味で「全盛期」であった時代など最初から無かった。
今で言うJ‐POPに当たる当時のヨーロッパ各地の音楽は、「クラシック」とは全く別物。
その中の極く一部は、いまでも残されているが(多くはいわゆる民族音楽、舞踊音楽として)、
大部分は時代の変遷とともに消えてしまったと思われる。そのほとんどは出版すらされなかった
のだと思う。
現代のポップス系音楽の大多数も、作曲後10年20年もすれば完全に忘れ去られてしまう。
だが、当時のヨーロッパ大衆音楽と違って、ほぼ全てが録音という形で少なくとも歴史資料と
しては永久に残されるのだから、それらの作品にとってはある意味幸せな時代だよ。
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