>>267

うーん、音色を例えば「涅槃交響曲」の様に、鐘の音の成分を楽器に割り当てたように、
音の成分の心地良さの分析をして、そこに独自の機能性を求めるとか。
音成分の和声学のような感じ。
そうすれば、機能和声の様な進行でなくても何故かハーモニー感を、
あたかも調性音楽のように聞けるかも、とか思うのですが。
それだと、音階すらも開放できるのでは?と思います。

そう言う角度から考えるのも「一方」ではありだと思いますね。
別にそれまでの音楽を否定するものでもありませんし。

今だに情感と理論が自然に均衡を保って融合している、
「バッハ」の地点に立てている人はいないでしょうし。
何かを先鋭化させる代わりに、何かが足りないと感じる音楽は多くても。