現代の音楽シーンにおけるクラシックの存在意義
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0209名無しの笛の踊り
2005/09/05(月) 19:11:57ID:Olft0aqJ対立させてるのではなく、ただ単に聞きたかっただけです。
12音もそうですが、セリーの音楽が今だにその位置付けが良く分からないもので。
無調と言っても色々あるでしょうし、そのごたごたしているのが、
「現代音楽」と言う大雑把な一まとめに自分の中でなっていて、非常に分かり辛い。
その地点からの漠然とした疑問です。
フランス料理の様に作法を覚えて、豪華なディナーで満たされる訳でもなく、
かと言って精進料理の様な感じでもない。
特に「ヴォツェック」はやたら細かい作法やマナーがありながら、
嫌な例えになって申し訳無いんですが(お食事中の方スミマセン)「人肉」でも食べさせられているかの様な
グロテスクな感すらあります。率直な印象だと。
作る側だと、色々楽譜から読み取って研究し組み立てる、と言う楽しみはあるでしょうが、
知らずに聞く方はまずこう言う説明だけでお腹一杯なのでは?とも思いますね。
だから、心境としては、作曲者のその時代における自分の立場として、
苦心惨憺したんだろう心境は分かりますが、
一方で訳分からんと言う誤解も延々出続けるんじゃないか、とも思います。
技術を極めた結果出来たのが「原爆」だった、と言う気すらするんですが。
気の所為ですか?
無調=何らかの調性の法則性が当てはまらない音楽、として捉えていますが。
12音は所謂調性のある音楽とは別の法則性のある音楽ですが、
これも無調として、私はとらえてます。
バルトークのように、従来の機能和声とは違った意味での、
独特の転調はこうでなければならない様な法則性というか、概念ってありますか?
。
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