指揮者の故・福永陽一郎は、ブラームスを全く理解できず、彼を作曲家として「二流か、それ以下だと思う」と書いていた。

こんな指揮者は救いようがない。
楽譜を読めることは、クラシックを理解する十分条件ではない証拠だ。

楽譜が読めることの他に、「すばらしい音楽をすばらしい音楽として感受し、感動する能力」が必要なようだ。