楽器が弾けない人というより、音楽を評論を読むことで味わい
そこから最高のCDを選んで聞き、理論だった言葉でその感動を表現する。
というプロセスの人に問題があるんだと思う。

友達に文学青年でモーツァルト好きがいるんだが、評論に載っているCDを聞き
そこから「魔笛における哲学とは」「至高の音楽とは」という考察をし、
モーツァルト及びドイツ音楽以外は芸術に満たないと考えている。

楽器が演奏できる・できないはおいといて、少なくとも
生の音と演奏を聞いてから音楽を語って欲しい。
わざと難解に仕立て上げるクラッシックの間口の狭さと
クラッシック愛好家の中で不必要に誇り高い人が多いのは
音そのものを楽しむ前に言葉で語っているからだと思う。